自分の周りは全員敵

夢だけ見せて〜!!

担当外になるということ

一言で言うと、「蚊帳の外」の人間になるということだなと思いました。

 

 

私の生きる意味(≒最優先事項)の対象だった担当さんを応援していた時なんですが、まあ毎日その人のことを考えて、流れてくる情報は素早くキャッチしてという日々を過ごしてました。そしてその1回1回に髪型良い感じだよ〜とか、頬こけてるけど疲れてない?などチェックしてました。まあ私はモンペ寄りの人間なので基本褒めに褒めまくってました。「今日も可愛いね〜最高だよ〜!!」と親バカならぬ担バカ極めて楽しく生きてました。ただこの担バカモンペですが、他担から「えっ、今日も同じ角度じゃん」「なんか太った?」など言われた時は「はあテメエ外野のくせに何言ってんだ!!」と突然口が悪くなるオタクなので、とにかくまあ外野からのコメントは嫌いでした。(正直同担も嫌いだった)同担のコメントも無理な理由は私が同担拒否という生き物で、また解釈違いのコメントを見ると心が濁るという心の狭い生き物だからです。

 

そして先日担降りしましたが、担当だった方の情報は周りの皆さんのおかげで自然と耳に入ってきます。新しいレギュラーの話とか、雑誌に載ってることとか、ラジオで可愛かったとか。その話に対して色々言いたいことは出てくるんですよ。「この写真写り悪くない?」とか「それは言っちゃダメでしょ〜」とか。でも何故か言葉は出てこないんですよ。その時気付いたんですよ、ああ私外野なんだって。

 

 

 

だって担当外の人間があーだこーだ言っても、「外野は引っ込んでろ!」って感じじゃないですか。そして私はもう担当外の人間で、その人に対して何か言う資格はないんだな、と。何かを言うことに対して資格もへったくれもないんですが、「私には担当さんに対して何か言う資格はない」と思ってしまい口を噤んでしまいました。

 

担当外の人間が何か言ったところで担当の人にとっては「外野のコメント」で、それが的はずれなことだったらそれは「目障りなもの」なんだろうなって思うんです。「〇〇さんのことを何もしないのに口出ししないで!!」って感じで。

「今日も〇〇さんかっこいいね〜」みたいなコメントに対しては「ありがとう!!!!」って感じなんでしょうが。

 

私は担当という概念に対してはすごく重く捉えていて、担当というのはその人のファンのはずなのにまたちょっと違う感覚で接してるところがあると私は勝手に思ってます。

 

だからそうやって重い熱を持って接してた相手から降りるということは、それ相応の覚悟を必要もすることなんだと身を以て知りました。

 

担降りはを覚悟した方へ。担降りしたい気持ちはものすごくよく分かります。ただその後後悔のないように本当によく考えてしようね。